ハンガリー語
ハンガリー語への最初期の有意味な翻訳は以下の通り。
フス派聖書(恐らく1436年から1439年にかけて作られたと考えられ、断片のみが残っている)
新約聖書((1541年, シルヴェステル・ヤーノシュ): 初のハンガリー語版新約聖書全巻)
カーロリ・ガーシュパール訳(翻訳者カーロリに因んでヴィジョイ聖書(Vizsolyi Biblia)としても知られている。1590年に プロテスタントの教会で使用された): 最初の完全なハンガリー語の翻訳である。幅広い人気を得て、今日においてさえ「古典」的な翻訳として時折使用されている(英語の欽定訳聖書やドイツ語のルター訳聖書と同様である)。
2003年に最後に改訂された。
カールディ・ジェルジ訳(1626年, 最初の完全なカトリックの翻訳)
1835年、1851年、1865年、1934年、1973年および1997年に修正
ハンガリー語でのヨハネによる福音書3:16
ハンガリー語訳 János 3,16
カーロリによる翻訳 Mert úgy szerette Isten e világot, hogy az ő egyszülött Fiát adta, hogy valaki hiszen ő benne, el ne vesszen, hanem örök élete legyen.
Magyar Bibliatársulat új fordítású Bibliája
(ハンガリー聖書協会(プロテスタント)による新しい翻訳) Mert úgy szerette Isten a világot, hogy egyszülött Fiát adta, hogy aki hisz őbenne, el ne vesszen, hanem örök élete legyen.
Szent István Társulati Biblia
聖イシュトヴァーン協会による聖書(カトリック) Mert úgy szerette Isten a világot, hogy egyszülött Fiát adta oda, hogy aki hisz benne, az el ne vesszen, hanem örökké éljen.
Szent Jeromos Bibliatársulat
聖なる聖書協会による翻訳(カトリック、カールディの翻訳およびNova Vulgataを基礎としている) Mert úgy szerette Isten a világot, hogy egyszülött Fiát adta, hogy mindaz, aki őbenne hisz, el ne vesszen, hanem örök élete legyen.
ハンガリーの聖書の歴史についての短い評論 (英語)
ハンガリーの聖書の版の歴史についての短い評論(ハンガリー語)
現存するハンガリー語聖書の版の比較(ハンガリー語)
オンラインで利用できるハンガリー語の聖書(カトリックおよびプロテスタント)
カーロリの翻訳のオンライン版
アイスランド語
1540年、新約聖書がアイスランド語で印刷された最初の本だった。それはOddur Gottskálksson(父親はノルウェイ人)によって翻訳され出版された。その44年後、完全な聖書がHólarでのプロテスタントの主教Guðbrandur Þorlákssonの御陰でアイスランド語で印刷された。現在のアイスランド語聖書の出版社はアイスランド聖書協会である。
An example from the Icelandic Bible 翻訳 John 3:16
Hið ísl. Biblíufélag, 1981 Því svo elskaði Guð heiminn, að hann gaf son sinn eingetinn, til þess að hver sem á hann trúir glatist ekki, heldur hafi eilíft líf.
アイルランド語
新約聖書の最初のアイルランド語翻訳はオソリen:Ossoryの司教であるニコラス・ウォルシュen:Nicholas Walshによって始められたが、1585年に折悪しく死亡してしまった。助手であったジョン・カーニーen:John KearnyとツアムTuamの大司教であったネヘミア・ドネランen:Nehemiah Donellan博士とが訳業を続け、ドネランの後を継いでツアムの大司教になったウィリアム・オッドムニュイルen:William O'Domhnuillが完成した。彼らの訳は1602年に印刷されている。
旧約聖書についてはキルモアen:Kilmoreの司教ウィリアム・ベベルen:William Bedell(1571年 - 1642年)が取りかかり、チャールズ1世の治世下で翻訳を完了したものの実際に出版されたのは1680年のことであり、それはダブリン大司教のナルシスス・マーシュen:Narcissus Marsh(1638-1713)による改訂版であった。
イタリア語
イタリア語に翻訳された聖書は1471年に印刷が行われ、これが初となった。この翻訳聖書はマレルミ(Malermi)と呼ばれ、ウルガタ(標準ラテン語訳聖書)を訳したものである。
日本語
キリシタン時代の1613年頃までには京都で新約聖書全体がイエズス会の手によって出版されたことが確認されているが、この「キリシタン版日本語訳新約聖書」は現存していない。
19世紀にプロテスタント宣教師たちが日本宣教の準備として日本国外で聖書の和訳を始めている。カール・ギュツラフKarl Friedrich Augustus Gutzlaff,LMSはマカオにて漢訳『神天聖書』を参照しながら『約翰(ヨハネ)福音之伝』1837年を訳し、琉球王国で強引に布教を始めたベッテルハイムBernard J.Betterlheimは追放後に1855年に琉球語のルカ福音書、ヨハネ福音書、使徒行伝、ローマ書を香港で出版した。
1858年に日本が開国されると禁教にもかかわらず宣教師たちが来日し、聖書翻訳を継続する。もっとも有名なのは1872年のヘボンJames Curtis Hepburn,PN(原音に近いのはヘップバーンであるが、慣例に従って表記する)とブラウンSamuel Robbins Brown,RCAらによる『新約聖書馬可(マコ)伝』『新約聖書約翰(ヨハネ)伝』『新約聖書馬太(マタイ)伝』である。ブリッジマンとカルバートソンの漢訳『新約全書』1861を日本人補佐に訓読させて、それに英語の欽定訳聖書を参照しながら手を入れるという方式をとったものと推定されている。
ヘボンの事業は日本在留ミッションの共同翻訳事業に引き継がれ、改めてギリシャ語原典と欽定訳英文聖書から翻訳されて1880年に『新約全書』が完成。1887年には『旧約聖書』も完成した。これを明治元訳と呼ぶ。独特の和漢混交体でその評価は分かれる。すぐに改訳の声があがり、ネストレ校訂版のギリシャ語原典を底本として英語訳の改正訳(RV: Revised Version)を参照しながら、1917年に『改訳 新約聖書』が完成。現在、日本語で文語訳聖書として引用されるのはほぼ、この大正改訳と呼ばれる版でありキリスト教信者以外の多くの人にも親しまれ日本語の中に入った成句も数多い。戦後になると英語のRSV: Revised Standard Revision)を参照した口語訳聖書が発行されるが(新約が1954年、旧約が1955年)、これは文体の問題から批判が相次いだ。
福音派は、口語訳聖書の翻訳が自由主義神学の影響からイエス・キリストの神性を否定しているとし、日本聖書協会に抗議したが聞き入れられなかった[6] [7][8] 。そのためプロテスタント聖書信仰の教派は口語訳に否定的であり、聖書信仰の学者による翻訳を出すことになった[9]。1959年の日本宣教百年記念聖書信仰運動と1960年の日本プロテスタント聖書信仰同盟の結成が『新改訳聖書』の発行につながったのである[10]。新約聖書は1965年に出版され、1970年には旧約聖書も出版された。現在、聖書信仰の教会で広く使われている。
以上はプロテスタントによる翻訳であるが、カトリック教会ではヴルガタ・ラテン語聖書を元にラゲEmile Raguet,MEPが新約聖書の翻訳を行い(1910年に出版)事実上日本カトリック教会の標準訳として扱われた。また1957年と1964年にバルバロFederico Barbaroが口語訳の新約聖書と旧約聖書を出版した。また、フランス語のエルサレム聖書に範をとってフランシスコ会が1978年にフランシスコ会訳を完成している。
正教会では大主教ニコライと中井木菟麿(つぐまろ)により独自に翻訳が行われ、『我主イイススハリストスノ 新約』を日本正教会翻訳として1901年に出版している。
1962-65年の第2バチカン公会議でカトリック教会がエキュメニズムの推進を打ち出したことから各国で聖書の共同翻訳事業が開始されたが、日本においてもプロテスタント諸教会とカトリック教会が共同翻訳委員会を結成し、1978年に『共同訳 新約聖書』を出版したが批判が相次いだために、再翻訳が行われ『新共同訳 聖書』が1987年に出版した。他にも多くの個人訳や組織訳が存在する。
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Japanese Translation Biblical Text in Japanese
Jhon 1:1-2 (ギュツラフ訳) ハジマリニ カシコイモノゴザル、コノカシコイモノ ゴクラクトトモニゴザル、コノカシコイモノワゴクラク。ハジマリニ コノカシコイモノ ゴクラクトトモニゴザル。
Jhon 1:1-2 (ベッテルハイム訳) はじめに かしこいものあり かしこいものハ 神と ともにいます かしこいものハすなわち神
John 1:1-4 (ヘボン1872年訳) 元始(はじめ)に言霊(ことだま)あり 言霊は神とともにあり 言霊ハ神なり。この言霊ハはじめに神とともにあり。よろづのものこれにてなれり なりしものハこれにあらでひとつとしてなりしものハなし。これに生(いのち)ありし いのちは人のひかりなりし。
John 1:3 (明治元訳) 万物(よろづのもの)これに由(より)て造(つく)らる造(つくら)れたる者に一つとして之に由(よ)らで造られしは無(なし)
John 1:1-3 (大正改訳) 太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神と偕(とも)にあり、言(ことば)は神なりき。この言(ことば)は太初(はじめ)に神とともに在(あ)り、萬(よろづ)の物これに由(よ)りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。
John 1:1-3 (バルバロ訳) はじめにみことばがあった。みことばは神とともにあった。みことばは神であった。かれは、はじめに神とともにあり、万物はかれによってつくられた。つくられた物のうち、一つとしてかれによらずつくられたものはない。
John 1:1-3 (フランシスコ会訳) 初めにみ言葉があった。/み言葉は神と共にあった。/み言葉は神であった。/み言葉は初めに神と共にあった。/すべてのものは、み言葉によってできた。/できたもので、み言葉によらずに/できたものは、何一つなかった。
John 1:1-3 (口語訳訳) 初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった。言(ことば)は神であった。この言(ことば)は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
John 1:1-3 (新共同訳) 初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった。言(ことば)は神であった。この言(ことば)は、初めに神と共にあった。万物は言(ことば)によって成った、成ったもので、言(ことば)によらず成ったものは何一つなかった。
海老澤有道『日本の聖書 聖書和訳の歴史』講談社学術文庫ISBN4-06-158906-7
鈴木範久『聖書の日本語 翻訳の歴史』岩波書店ISBN4-00-02366-4
田川建三『書物としての新約聖書』勁草書房ISBN4-326-10113-X